三つ星ピザの消息


今さら言うのもなんですが、ぼくは食べることが大好きです。


旅先の食堂やレストランで知らない食べ物に出会うと、それだけでテンションがあがる。「それは何?」「どうやって食べるの?」と相手を質問攻めにしたあげく「早くもってきて!」とかワガママを言い出します。だからといって、ぼくはグルメでも美食家でもなく、感度の高い舌も持ち合わせていないので、手の込んだ高級料理よりも、土地土地で長く伝えられてきたような素朴な料理のほうにひかれます。丹念に手入れを施された薔薇の花よりも、冬の空に伸びる裸木の枝をいいな、と思うような感じ……とかいうとカッコイイんでしょうが、要は安くてうまいものが一番だと考えているわけです。取材で行くような三つ星級の値段がはる料理はもちろんおいしいですが、こんだけ高けりゃうまくて当然だろ、と心のどこかで思っちゃってるんですね。


さて、思い出に残る料理は数あれど、若い頃にもっとも衝撃を受けた料理のひとつに、パリで食べたアラブ・ピザがありました。なにしろ学生でロクにカネもなかったので、ヨーロッパを数ヶ月かけて見聞するにはまずクソ高い食費と宿泊費を削る必要がありました。そこでパリでは、キッチン付きのアパルトマンを借り、市場で食材を買って、自炊するという手段に出ました。まあ、しかしこれが楽しかった。市場でサラミやチーズやフルーツやワインを買い込み、料理法をデリのおばさんに教えてもらい、帰っていろいろ作ってみるわけですが、なんというか、すべてがおいしい。旅がもたらす高揚感と見知らぬ土地にいる緊張感からか、防腐剤が入ってないからか何なのか知りませんが、100円程度の安ワインは日本で飲んだどのワインよりおいしかったし、バゲットは口に突き刺さりそうなパリパリ感。サラミやチーズに至っては、今まで日本で食ってたアレは一体なんだったんだろ、という感じです。


そんなある日、市場で買い物を済ませ、重い買い物袋をもって、とぼとぼと路地裏を歩いていると、小さい店から強烈なスパイスの香りが漂ってきました。気になって覗いてみたら、薄暗い店の中で、中東系の彫りの深い顔立ちの人たちが、聞き慣れないアラビアの言葉で話しながら、汗だくになって円盤状の生地をクルクル回して延ばしています。さて、こういうとき「また今度」とか「機会があれば」と自分に言い訳して通り過ぎるか、不安もあるけどサクッと立ち寄ってみるかで、人生はガラリと変わります。そしてヒゲ面のおっさんにヌッと突き出されたピザは、ぼくにとって忘れられない味になりました。ラムの挽肉にチリペッパーやハーブがこれでもかとのっかったパリパリの薄ピザは、味蕾にガツンと一発きて、その後じんわりと旨みが広がっていく。一発でファンになりました。以来、昼食は毎日ここに通い、ヒゲ親父も「また来たか」と大盛りサービスしてくれたりするようになりました。2月のクソ寒いパリの石畳の路地で、スパイシーなピザを立ち食いする幸せといったら!


いま考えてみれば、もう10数年以上前の話です。


そして最近、ぼくの友人がパリに出張するというので、ダメもとでそのピザ屋がまだあるか確認してきて欲しいと頼んだのですが……なんと、まだあったとの報告が! しかも店も多少拡張して店内での飲食もOKになったといいます。あわわわ、なんという嬉しいニュース! 冒頭の一枚がその証拠写真です。ああ、食べて〜〜! たまらなくなって、目下フランス、スペイン自動車旅行を計画中です。


【B級グルメ列伝】

長野は中央アルプスの麓、駒ヶ根名物ソースかつ丼。蜂の子もおいしいヨ!