スターシップ・トゥルーパーズ

毎年、この季節になると思い出すエピソードがあります。
これは、3年ほど前に勃発した小さな戦争に巻き込まれた、ある兵士のお話。


以下、壊滅した部隊の隊長による通信日誌ふう。


○月○日
我が家がムシに占領されつつある。
7月頃から、わけのわからない小さな羽虫がどこからともなく現れ、部屋の中を我がもの顔で飛びまわりはじめたのだ。いくらたたきつぶしても、どこからかまた同じ種類の別のムシが現れ、なに食わぬ顔して飛びまわる。最初は、1日に1匹程度だったので、さして気にもしていなかった。きっと外から舞い込んだ羽虫だろう、などと軽く考えていた。しかし夏も盛りを過ぎ、9月になると、ムシたちの出現率が大幅にアップし、はじめて目撃した時にくらべて明らかに巨大になりはじめた。そろそろ手を打った方がよさそうだ。


○月○日
不安になって同僚に相談してみた。同じような状況を体験した者が一人見つかった。この人曰く「部屋のどこかにきっと温床ができているはず。それを叩かないとムシは無限に出てくる」ということだった。さらに「見つけたら見つけたで、かなりキモイですよ。私の場合、クローゼットの床に敷いてあったじゅうたんが温床だったんですが、卵やら脱皮した皮やらウジ虫みたいな幼虫やらでいっぱいでした」とおぞましいことを言う。次の週末、おそるおそるクローゼットを開け、奥の方まで探索したが、それらしきものは見つからなかった。一体どこから現れるのか、見当もつかない。その日は、めぼしい場所を掃除して、なんとなく満足して終わった。その脇を、ムシたちは悠々と飛び回っていた。


○月○日
翌週、新種が現れた。
夕方、なにげなくトイレで用を足し、水を流した瞬間、そいつは視界の隅に一瞬だけ現れた。ポピュラーだが、いてはならないはずの生物だった。焦げ茶色のそいつは、カサカサッとすばしっこく物陰に隠れた。だが、ぼくはそれ以上に素早かった。かねてからムシ対策のために用意していたキンチョールを、ヤツが隠れた方向に思い切り噴射した。そいつはたまらず別の障害物の後ろに移動する。しかしもう遅い。立て続けにキンチョール攻撃を行い、トイレを毒霧で満たしてから、ドアを閉めた。このままヤツを追いかけ回して始末する手もあったが、かつて高速飛行による奇襲を浴び、香港の離島でサンダルほどもある巨大ゴキ5〜6匹に襲われた経験がアタマをよぎる。ぼくにその勇気はなかった。しかたなく、ドアの隙間にも万遍なく毒を噴霧しておく。アウシュビッツから脱走しようとする不届き者を待ち受ける、恐ろしいブービートラップである。そのトラップが、自分もトイレを使えなくなるという諸刃の剣だったことに気づいたのは、夜も更けてからだった……。


○月○日
翌朝、そいつは予想通り、トイレの前でのたうち回っていた。いつ、なんで買ったのか自分でもよくわからない『山と渓谷』誌でとどめを刺す。2日にわたる攻防に勝利を収め、鼻歌まじりに雑誌を処理していると、ふと台所脇の棚の下のビニール袋に気づいた。なんだっけ、これ? 茶色い物体が白いビニール袋から透けて見える。しかも、なんだか甘い異臭もする。袋の口には、あの見慣れた羽虫が群れているのが見えた。


こ、これは……!
まちがいない、温床だ……やつらの前線基地をとうとう発見……!!!!


声にもならないとはこのこと。自分のうめき声だけが辺りにこだまする。


記憶が一気によみがえる。


そうだ、これは6月頃買ったが結局使わず、捨てよう捨てようと思いながら、なんとなく忘れてほったらかしていたタマネギだ……。もはやタマネギの原型はとどめておらず、怪しい半液状の物体になり果てている。こりゃゴキも出るはずだ。すぐさまビニール袋をひっつかむと、近くのコンビニに行って捨ててきた。ごめんなさい、アッ○ルマートさん。


こうして、ひと夏続いたムシたちとの戦いは終わった。
というか、ちゃんとゴミ捨てないと、バイオハザードを招くことがよくわかった。


みなさんも、夏の忘れものにはくれぐれもお気をつけください。