女性ファッション誌の研究

2008年の末、東京のあるところに「最近、女性誌がよくわからんナ」とボヤくおっさんがおりました。某雑誌の編集長です。どうでもいい話題だったので、あついカプチーノをすすりつつ「ふむー、そうですネ」とかなんとか曖昧な態度でお茶を濁していました。すると「もしよかったら調べてくれないか」と来ました。まったく興味のわかない話だったので「今日も天気がいいですネ」などと流してみました。しかし敵はなおも「ギャラはずむからサ!」と執拗です。しかたがないのでカプチーノをお代わりして、いろいろ調べて記事にして送りました。ふだんは他人に記事や写真やイラストを発注し、テーマに沿ってコラージュしたり紙芝居のように構成を考えたり、あるいはどこかに旅に出てトラベローグを書いたり、新しいカルチャーについての取材やインタビューをしたりすることが多いので、こういう「調べる」が98%くらいをしめる仕事、けっこうツライものでございました。せっかくなので怒りも込めて一部をここにも載っけときます。


予習篇


ひとくちに女性誌といっても、ティーン向けから50代向けまで、その数は宇宙に瞬く星の如く無限である。極端な話、中学生向けの『nicola』だって、50代が主な読者層の『婦人公論』だって同じ女性誌なわけで、その中間にどれだけの数の雑誌が存在するか、想像するだに恐ろしい。とにもかくにも調べてみると、現在、日本雑誌協会に加盟する出版社の女性誌は、ファッション系だけでも、約80誌あった。ただ、これにはフリーペーパーや、地方・中小出版社およびインディペンデント系の雑誌は入っていないので、それらも加えれば、実際には軽く200誌は超えると予想される。しかも、読者の趣味とジェネレーションに合わせて、とんでもない勢いで細胞分裂が繰り返されている模様。


○お姉様系or赤字系→『CanCam』『JJ』『ViVi』『PINKY』『Ray』『AneCan』など。
ティーンズ系→『ピチレモン』『nicola』『ラブベリー』など。
○ストリート系→『Zipper』『CUTiE』『JILLE』『mini』『SEDA』など。
○カジュアル系→『non-no』『anan』『spring』『InRed』など。
○モード系→『装苑』『Harpar’s BAZZAR』『High Fashion』など。


これらメジャーどころに加え、ギャル系、ガーリー系、Bガール系、主婦系、ゴージャス系、ゴシック系、パンク系・ロリータ系、そして30代、40代、50代向け雑誌……もうキリがない。なんとなく学研の『小学○年生』シリーズを彷彿とさせるスキのなさだ。


遭遇篇


こんどは本屋に行って、女性誌が販売されている状況というものを確認しなければならない。新宿東口のジュンク堂書店で、女性誌コーナーに寄って、ファッション誌を立ち読みしてみた。それも『Vogue』とか『装苑』みたいなモード系じゃなくて、『CanCam』とか『ViVi』とか、いわゆるお姉様系とかプリカワ系(プリティ&カワイイ系)とか呼ばれる雑誌である。化粧バッチリの読者モデルと極彩色の洋服たちが怒濤のように溢れかえり、その間を縫うようにして、アジテーションみたいなコピーが空間を埋め尽くす。


このカテゴリーは、タイトル・ロゴの色から俗に「赤文字系」とも呼ばれ、読者対象は10代後半〜25歳。エビちゃんモエちゃんみたいな読モ=読者モデルを独自に抜擢してフィーチャーし、カリスマ化させていくのも、この辺りの雑誌の共通点だ。しばらく読んでいると、スーパー・ハイテンションな世界に圧倒されたせいなのか、電話帳みたいな分厚さからくる重量のせいなのか、手がプルプルと震えてくる。ふと気づくと、周りのOL風の女性たちの不信感に満ちた非難がましい視線を一身に浴びていたりして、見てはならない禁書を開いた修道僧のように、あわてて雑誌をパタンと閉じてその場を立ち去るハメになる。たしかに『PINKY』とかを一心不乱に立ち読みする男の姿はかなり怪しい。こういう事態を避けるためには、書店ではなく、コンビニに行くといいことが、後にわかった。コンビニは誰が何を読もうと買おうと気にもとめないし、意外と女性ファッション誌の品揃えがいい。


それにしても、各誌よく似ている。ランダムにパッとページを開いたら、どれがどれだかまずわからない。一昨年あたりからエビちゃんが雑誌で着た服は即完売という状況が相次ぎ、業界ではそれを「エビ売れ」と言うらしい。雑誌が売れれば服屋も儲かる、という構図が完全にできあがっていて、ある意味で健全な状態なのかも知れないが、こうして「なんだか同じ」プリカワ系女性誌が大量生産されていくことになる。ギャル〜コンサバまで微妙にスタイルは異なるものの、各雑誌ともに、限られた時間とカネを有効活用して、いかにモテるか、というコンセプトは各誌おんなじ。そんなつもりはない! と作り手側は言うかも知れないけど、12月号では予想通り、各誌ともにXmasデート特集が組まれていた。これ、毎年やってる気がするんですが、やらないと何かマズいんでしょうか?


とりわけ『CanCam』、『JJ』、『ViVi』などは、あきれるほど共通点が多い。判型もレイアウトもほとんど一緒。ページごとの写真点数も異常に多く、無理矢理詰め込まれた極小のキャプションの解読にはルーペが必要かも。ちなみに『JJ』12月号には1ページに50カットも写真が載ってる場所があった。もはや「ウォーリーを探せ」状態だ。試しにイトーヨーカドーのチラシを横に置いてみたが、まったく違和感がなかった。こんなページを担当してる編集者はツライだろうな〜、と他人事ながら心配になってしまう。『蟹工船』の労働者級にハードで細心を要求される作業の結果、できあがるのは各誌横並びの詰め込みカタログ。編集者のクリエイティビティの代わりにひしひしと伝わってくるのは、関係者の怨念だけ。だから、書店やキオスクにならぶ女性誌を見て、「どれも同じに見える」とボヤくおじさんたち、あなた方の感想は正しい!


プリカワ系雑誌総まくり篇


●『CanCam』(小学館)
創刊/1981年
発行部数/71万5417部
読者モデル/蛯原友里山田優徳澤直子西山茉希など。
○ギャル〜コンサバ風まで、コンセプトは雑多。
○歴代読モは藤原紀香長谷川京子伊東美咲米倉涼子と豪華絢爛。
○合言葉は「めちゃ♥モテ」。


●『JJ』(光文社)
創刊/1975年
発行部数/36万4483部
読者モデル/有村実樹桜井裕美土岐田麗子など。
○ファッションはコンサバ。
○2007年8月号で「『モテる』は卒業!『愛される』夏服」と『CanCam』 への対決姿勢を明確に。
○合言葉は「愛され」「お嬢様」。


●『PINKY』(集英社)
創刊/2004年
発行部数/21万833部
読者モデル/鈴木えみ木下ココ山岡由実、愛未など。
○ギャル路線まっしぐら。
○読モの鈴木えみはドラマ『ギャルサー』にも出演。読者のカリスマ。
○合言葉は「Love服 Loveヘア Loveメイク」。


●『ViVi』(講談社)
創刊/1983年
発行部数/45万3750部
読者モデル/マリエ、長谷川潤、藤井リナなど。
○ファッションはセレブを意識したギャル。
○めざせパリス・ヒルトン。読モはハーフ率が高い。
○合言葉はセレブなビッチで「セレビッチ」。


●『Ray』(主婦の友社)
創刊/1988年
発行部数/24万4683部
読者モデル/酒井彩名松本莉緒、葛岡碧など。
○ファッションは『JJ』よりも甘めのコンサバ。
○ピンクやフリルが大好き。
○合言葉は「プリンセス」と「姫」。


●『AneCan』(小学館)
創刊/2007年
発行部数/30万部
読者モデル/押切もえ、堀内葉子、大桑マイミなど。
○『CanCam』を卒業生した25歳以上のOLが読者対象。
○創刊号は1週間で30万部を完売。
○ミーハーかつ大人っぽい「Aneベーシック」がコンセプト。


番外編 女性誌用語の基礎知識。


エビ売れ
CanCam』のカリスマ読者モデル、蛯原友里が雑誌で着た服が全国的に即完売してしまう現象を指す業界用語。発信地は『CanCam』編集部内と言われる。


【プリ通】
プリンセス通勤。かわいい服を着て通勤すること。『JJ』では定番コトバとして、エクスキューズなしで連発される。スーツではないOL服が主流。


【サバカワ】
「コンサバ」だけど「カワイイ」を表す造語。伊東美咲矢田亜希子長谷川京子竹内結子がサバカワ四天王とされる。(『Style』)


【シンプリティ】
「シンプル」で「プリティ」な女子大生スタイルの総称。(『JJ』)


【レオパー女(ジョ)】
ヒョウ柄服に身を包む女性。主に派手好きな関西の学生に多く見られ、同地ではレオパード柄は入荷するとすぐ売り切れるとか。(『JJ』)


【ロママリン】
「ロマンティック」な「マリン」。夏の特集などで女の子らしい小物やアイテムを取り入れたマリンルックを指す。(『ViVi』)


【アラサー】
アラウンド・サーティ=30歳前後の読者層をもつ雑誌のカテゴリー。『CanCam』や『JJ』を卒業した女性がここに流れる。カワイイだけでなく、グラマラスでモードな色を打ち出した雑誌が多い。今年の流行語大賞に選ばれた【アラフォー】も発祥はドラマではなく女性誌


【サロネーゼ】
自宅でワインや料理、フラワーアレンジメント等の教室を開く優雅な奥様を指す。「シロガネーゼ」を生んだ『VERY』用語のひとつ。


【もてぷよ】
40代以降の、おなかや二の腕がぷよぷよしてきた女性に、やせろとか鍛えろとか言わず、その状況に合わせて提案される最善のファッションとスタイル。(『STORY』)


【マリナーゼ】
千葉県浦安市の高層マンションで暮らす奥様方。漫画『奥さまはマリナーゼ』のヒットから、『In Red』など雑誌にも登場しはじめた。


【コマザワンコ】
駒沢公園の徒歩圏内に住む女性たち=コマザワンヌが連れている愛犬を指す。飼い主たちは公園内のカフェで愛犬の写真入り名刺を交換し合う習性アリ。(『In Red』)


艶女(アデージョ)】
NIKITA』がめざす女性像で、そのイメージは、歴代のボンドガール、『ルパン三世』の峰不二子、『銀河鉄道999』のメーテル。類義語として艶男(アデオス)、柄美人(ガラージョ)、柄美脚(ガラシアータ)などがある。仮想敵としてコムスメ、派手婆(ハデーバ)、地味女(ジミータ)。


【リッチェレ】
「リッチ」かつ「エレガント」な女性またはファッションを指す。(『JJ』)


【セレビッチ】
セレブでビッチなファッションや人。ホットパンツ、ブラ見せ、ド派手ネイルなど、パリス・ヒルトンのように、セレブだけどやんちゃでセクシーな雰囲気を至上とする。(『ViVi』)


【コソ練】
流行のメイクや着こなしを、一人でコソコソと練習すること。最近は女性誌に限らず使用される傾向がある。


【ゼロマイル服】
近所に着ていく服。類義語として「ワンマイル服」も。(『VERY』)


【モデリッチ】
モデルのようにリッチなスタイル。カジュアル服にリッチアクセや流行小物を合わせた、モデルの私服みたいな服。(『ViVi』)